2013年09月09日【価格.com テレビ紹介情報】「NNNドキュメント ~なぜ、高台へ逃げなかったのか 真相を求める津波遺族~」 2013年9月9日(月)放送内容

「NNNドキュメント」 2013年9月9日(月)放送内容

 

(オープニング)

七十七銀行 女川支店

東日本大震災で七十七銀行 女川支店の屋上には13人が避難したが、建物を津波が襲い12人が犠牲に。銀行の目の前には多くの人が避難した高台もあったが、なぜそこに避難せず屋上を選んだのか?その真相を求める遺族達の取り組みに迫る。

3.11大震災シリーズ なぜ、高台へ逃げなかったのか 真相を求める津波遺族

七十七銀行 女川支店

東日本大震災で七十七銀行 女川支店の屋上に避難して死亡した男性の遺族を取材。銀行では最後の客が店を後にしたのを確認して、建物や金庫の施錠をしたあとで、15時5分頃建物の屋上に避難を完了。

地震発生から30分後に女川町に津波の第一波が到達。津波は巻き込んでいくが、波を目撃した行員達はハシゴを使いさらに上の13メートルの場所に避難したが、津波の高さは15メートルを超えていた…。これにより4人が死亡8名が行方不明に。

七十七銀行 女川支店

東日本大震災で七十七銀行 女川支店の屋上に避難して死亡した男性の遺族を取材。銀行では最後の客が店を後にしたのを確認して、建物や金庫の施錠をしたあとで、15時5分頃建物の屋上に避難を完了。

地震発生から30分後に女川町に津波の第一波が到達。津波は巻き込んでいくが、波を目撃した行員達はハシゴを使いさらに上の13メートルの場所に避難したが、津波の高さは15メートルを超えていた…。これにより4人が死亡8名が行方不明に。

七十七銀行 女川支店

津波でいまも行方不明となっている妻を探し続ける男性を取材。奥様は七十七銀行 女川支店で働いていたが、屋上に避難し夫とメールのやりとりを行なっていた。ガレキの中から見つかった携帯電話には夫に届かなかった「津波凄い」のメールが残っていた。

七十七銀行 女川支店

女川町では840人が死亡・行方不明となった。七十七銀行 女川支店から200メートルほどの場所には堀切山という高台があり、16メートルの高さの場所には病院もあった。津波は1階まで達したが、ここに避難した人は全員無事。銀行では避難場所に堀切山としていたが、銀行側は震災後、避難場所には高台だけでなく銀行の屋上も認めていたとしている。なぜすぐ近くにある高台に逃げなかったのか、遺族達はその疑問を払拭できなかった。

納得のいかない遺族達に対して、七十七銀行(仙台市)は説明会を行なった。そこには唯一助かった行員も参加し、当時の状況や避難訓練の有無などを説明した。

震災から半年が過ぎた9月。支店から3km離れた桐ヶ崎漁港で、行方不明となっていた男性が発見。初任給で仕立てたスーツを身にまとい、裏地にはしっかりと名前が刺繍されていた。その後女川支店で犠牲となった16人のうち3人の遺族が銀行に損害賠償を求める訴えを仙台地方裁判所に起こした。

七十七銀行 女川支店

女川町では840人が死亡・行方不明となった。七十七銀行 女川支店から200メートルほどの場所には堀切山という高台があり、16メートルの高さの場所には病院もあった。津波は1階まで達したが、ここに避難した人は全員無事。銀行では避難場所に堀切山としていたが、銀行側は震災後、避難場所には高台だけでなく銀行の屋上も認めていたとしている。なぜすぐ近くにある高台に逃げなかったのか、遺族達はその疑問を払拭できなかった。

納得のいかない遺族達に対して、七十七銀行(仙台市)は説明会を行なった。そこには唯一助かった行員も参加し、当時の状況や避難訓練の有無などを説明した。

震災から半年が過ぎた9月。支店から3km離れた桐ヶ崎漁港で、行方不明となっていた男性が発見。初任給で仕立てたスーツを身にまとい、裏地にはしっかりと名前が刺繍されていた。その後女川支店で犠牲となった16人のうち3人の遺族が銀行に損害賠償を求める訴えを仙台地方裁判所に起こした。

七十七銀行

女川町では840人が死亡・行方不明となった。七十七銀行 女川支店から200メートルほどの場所には堀切山という高台があり、16メートルの高さの場所には病院もあった。津波は1階まで達したが、ここに避難した人は全員無事。銀行では避難場所に堀切山としていたが、銀行側は震災後、避難場所には高台だけでなく銀行の屋上も認めていたとしている。なぜすぐ近くにある高台に逃げなかったのか、遺族達はその疑問を払拭できなかった。

納得のいかない遺族達に対して、七十七銀行(仙台市)は説明会を行なった。そこには唯一助かった行員も参加し、当時の状況や避難訓練の有無などを説明した。

震災から半年が過ぎた9月。支店から3km離れた桐ヶ崎漁港で、行方不明となっていた男性が発見。初任給で仕立てたスーツを身にまとい、裏地にはしっかりと名前が刺繍されていた。その後女川支店で犠牲となった16人のうち3人の遺族が銀行に損害賠償を求める訴えを仙台地方裁判所に起こした。

七十七銀行 女川支店

女川町では840人が死亡・行方不明となった。七十七銀行 女川支店から200メートルほどの場所には堀切山という高台があり、16メートルの高さの場所には病院もあった。津波は1階まで達したが、ここに避難した人は全員無事。銀行では避難場所に堀切山としていたが、銀行側は震災後、避難場所には高台だけでなく銀行の屋上も認めていたとしている。なぜすぐ近くにある高台に逃げなかったのか、遺族達はその疑問を払拭できなかった。

納得のいかない遺族達に対して、七十七銀行(仙台市)は説明会を行なった。そこには唯一助かった行員も参加し、当時の状況や避難訓練の有無などを説明した。

震災から半年が過ぎた9月。支店から3km離れた桐ヶ崎漁港で、行方不明となっていた男性が発見。初任給で仕立てたスーツを身にまとい、裏地にはしっかりと名前が刺繍されていた。その後女川支店で犠牲となった16人のうち3人の遺族が銀行に損害賠償を求める訴えを仙台地方裁判所に起こした。

桐ヶ崎漁港

女川町では840人が死亡・行方不明となった。七十七銀行 女川支店から200メートルほどの場所には堀切山という高台があり、16メートルの高さの場所には病院もあった。津波は1階まで達したが、ここに避難した人は全員無事。銀行では避難場所に堀切山としていたが、銀行側は震災後、避難場所には高台だけでなく銀行の屋上も認めていたとしている。なぜすぐ近くにある高台に逃げなかったのか、遺族達はその疑問を払拭できなかった。

納得のいかない遺族達に対して、七十七銀行(仙台市)は説明会を行なった。そこには唯一助かった行員も参加し、当時の状況や避難訓練の有無などを説明した。

震災から半年が過ぎた9月。支店から3km離れた桐ヶ崎漁港で、行方不明となっていた男性が発見。初任給で仕立てたスーツを身にまとい、裏地にはしっかりと名前が刺繍されていた。その後女川支店で犠牲となった16人のうち3人の遺族が銀行に損害賠償を求める訴えを仙台地方裁判所に起こした。

3.11大震災シリーズ なぜ、高台へ逃げなかったのか 真相を求める津波遺族

常磐山元自動車学校

東日本大震災では常磐山元自動車学校や日和幼稚園など、肉親を失った遺族の一部が訴訟するケースが見受けられる。遺族に共通する思いは、家族の最後の瞬間を知りたいというものだった。

日和幼稚園

東日本大震災では常磐山元自動車学校や日和幼稚園など、肉親を失った遺族の一部が訴訟するケースが見受けられる。遺族に共通する思いは、家族の最後の瞬間を知りたいというものだった。

七十七銀行 女川支店

東日本大震災の津波で、七十七銀行 女川支店の屋上に避難し犠牲となった遺族の一部が起こした裁判。裁判官は異例とも言える現地視察を行なった。

七十七銀行 女川支店

宮城県大崎市では、七十七銀行女川支店の屋上に避難して亡くなった男性の家族が、毎朝墓参りをしている。この家族は銀行に対して訴訟を起こしているが、「それは息子のためだ」と墓前で語った。

3.11大震災シリーズ なぜ、高台へ逃げなかったのか 真相を求める津波遺族

七十七銀行 女川支店

被災地では現在も行方不明者の捜索が続いている。七十七銀行女川支店の屋上に避難して行方不明となっている女性の夫も、捜査の様子を見守り、妻の帰りを待ち続けている。

七十七銀行 女川支店

七十七銀行女川支店の屋上に避難して死亡した男性行員。現在銀行相手に損害賠償を請求している家族は、毎週末取り壊された銀行の跡地を訪れ、観光客相手に署名を集め、息子を失ったあの日を語り続けている。

七十七銀行 女川支店

震災から3度目となるお盆。七十七銀行女川支店の屋上に避難して亡くなった男性の家には、幼なじみが訪ねてきて仏壇に手を合わせた。幼なじみ達は幼い頃の思い出話や、結婚などの話をするが、その姿に父親は、息子の姿を重ねていた。

(エンディング)

引用: https://kakaku.com/tv/channel=4/programID=4003/episodeID=667574/ (価格.com テレビ紹介情報)

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