お知らせ

  • 2018年09月15日【YouTube】見つめ続ける・大震災 語り継ぐ命 宮城県・女川町

      宮城県女川町で東日本大震災の語り部活動を続ける田村さん夫妻。息子の健太さん(当時25歳)が、七十七銀行女川支店の行員として勤務中だった。銀行は防災マニュアルに従い支店2階屋上に行員を避難させ屋上を超える津波 […]

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  • 2018年09月01日【ニッポン放送 NEWS ONLINE】東日本大震災で失ったもの 二度と被害をくり返さないため講演活動を行う夫婦のストーリー

    番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】 きょうは東日本大震災の津波で、銀行員の息子さんを亡くしたことをきっかけに、日航ジャンボ機事故の遺族とも連絡を取 […]

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  • 2018年08月13日【御巣鷹山と生きるーポエム85812 いつまでも一緒だよ】健ちゃん、やさしい山になったね。たくさんの人たちに感謝して

    「語り続ける」決意新たに=震災遺族、御巣鷹でつながる―日航機墜落33年 時事通信社 2018年8月12日 17時27分 日航機墜落事故から33年を迎えた12日。墜落現場の「御巣鷹の尾根」(群馬県上野村)には、東日本大震災 […]

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  • 2018年07月16日【愛媛新聞オンライン】津波犠牲遺族、命最優先の社会を

      東日本大震災の津波で七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の行員だった長男の田村健太さん=当時(25)…… ※この記事は読者会員限定です。   引用: https://www.ehime-np.co. […]

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  • 2018年05月28日【弁護士永野海 法律と防災のページ】息子と行く女川 (被災地再訪・後編)

    女川町地域医療センターがある堀切山の麓には,いつもの光景がありました。 七十七銀行女川支店で起きた悲劇により大切な大切な息子さんを失った田村さんご夫婦の語り部の活動です。 写真は,東京から来られた方々。 東北で何が起きた […]

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  • 2018年03月10日【朝日新聞デジタル】「自分の命は自分で守って」子どもたちに震災語り続ける

    横浜から来た小学生らに震災当時の状況を語る田村孝行さん。長男の健太さんは七十七銀行女川支店の行員で、避難した屋上で津波に襲われた。妻の弘美さん(中央左)は「一日一日を大切にしてほしい」と訴えかけた=10日午後0時58分、 […]

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  • 2018年03月09日【徳島新聞】東日本大震災7年 企業の安全管理 「想定外」は通用しない

    激震の発生は、金曜の午後2時46分だった。職場や学校で遭遇した人が多く、その数十分から1時間後にかけて、大津波が襲った。 「なぜ、命を失ったのか」。東日本大震災から間もなく7年となる今も、多くの遺族が原因の解明を求め、企 […]

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  • 2018年03月01日【朝日新聞デジタル】名前なき慰霊碑、遺族葛藤 七十七銀女川支店 震災7年

    日本各地の慰霊碑など   東日本大震災の犠牲者を悼む慰霊碑の在り方をめぐり、遺族の反発を招くケースが出ている。犠牲者の名前や被災の経緯をどこまで記すのか。どのように慰霊し、責任の明示は――。こうした議論は、過去 […]

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  • 2017年09月04日【日本経済新聞 電子版】七十七銀女川支店が再建 津波犠牲者の慰霊碑なし

    東日本大震災の津波で行員ら12人が犠牲になった七十七銀行女川支店(宮城県女川町)が4日、再建した新店舗で営業を始めた。2011年3月の震災発生から約6年半を経た再出発だが、慰霊碑などのモニュメント設置やセレモニーの開催は […]

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  • 2017年09月04日【産経ニュース】七十七銀行女川支店、遺族の心境複雑「息子のために津波の脅威伝え続ける」 行員ら12人の“最後の場所”は消え…

    津波に襲われて10日後の宮城県女川町。高台から七十七銀行女川支店などを望む=2011年3月20日、宮城県女川町(大西正純撮影)     東日本大震災の津波で、七十七銀行の旧女川支店に勤務中だった長男の […]

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